「気ままにつれづれ、日帰りプチ旅行」
今回は福島県はいわき市の観光名所“塩屋崎灯台”と、灯台が建っている薄磯海岸の見どころを紹介します。
ヘタながら写真も撮ってみましたので、笑いながらでも見てもらえるとうれしいです。
では、「気ままにつれづれ、日帰りプチ旅行」の始まりです。
ぜひ、楽しんでいってくださいね♪
【塩屋崎灯台】
国道6号線を双葉方面から南下し、灯台をめざしましょう
Jヴィレッジのある双葉方面から国道6号線を南下してくると、左手に“道の駅よつくら港”が見えてきます。
その前を通り過ぎ、ゆるい左カーブを過ぎると見えてくる信号機を斜め左に入って行った道が県道382号線、通称“豊間四倉線”です。
あとはこの県道をただまっすぐ走って行きましょう。
約20分で“塩屋崎灯台”にたどり着きますよ。

とっても楽しみなの!
でも、登るの大変かもよ。



県道382号線は新舞子(しんまいこ)海岸に沿ってつくられています。
以前は左右に防風林がビッシリと茂っていたのですが、2011年の津波のためにほとんどの木は流されてしまいました。
今は新たに植林された杉の木がスクスクと育ちつつあります。
日本でもめずらしい“のぼれる灯台”
知っていましたか?
日本には、上までのぼれる灯台って、たったの16基しかないそうですよ。
今まで私は、灯台ってすべてのぼれるものだと思っていましたが、大きな間違いだったみたいです。
ということは、この塩屋崎灯台ってけっこう貴重なのでは?
なにしろ灯台の中に入って上までのぼり、絶景を見ることができるんですから!
でもその灯台は、70メートル以上の高さの断崖の上に建てられています。
灯台の入り口までは石段で行けるようになっているのですが、この石段を登るのがけっこうキツイです。
私なんて途中から手を膝にのせて中腰になり、よっこいしょ、っていう感じになってしまいました。体力のなさが情けないです。

塩屋崎灯台 登り口

100段くらいあるけど大丈夫?


石段をのぼり切ると、目の前に真っ白な灯台が建っています。まさに“白亜の灯台”です。
灯台の入り口は扉が開いていて、私を迎え入れてくれました。
灯台の内部をらせん階段を使って上へ上へとのぼっていきます。
のぼり切った先には開けられたままの扉があって、灯台の外に張り出しているテラスに出ることができるんです。

夕日を受ける塩屋崎灯台 テラスには観光客の姿が見えます
でも怖い。なにしろそのテラスには腰くらいの高さの柵しかないのですから。落ちたらどうします!?
高所恐怖症の気がある私は足がすくんでしまいました。でもせっかく来たのだと思い直し、勇気を出してオソるオソる外へ出てみたのです。
すごいとしかいいようのない景色でした。駐車場に停まっている車なんて豆粒のようです。
テラスは灯台の外周をぐるっと一周できるように作られているので、汗のにじんだ手で柵をにぎりしめながら、ゆっくりと一周してみました。
360度の絶景です!これを見ると心の中のモヤモヤなんて吹っ飛んでしまいます。
一周まわり終える頃には、来てよかったと本心から思えました。

灯台のテラスからの眺め 2016年・夏
ちなみに、灯台の手前には塩屋崎灯台ミュージアムというこぢんまりした建物があり、灯台を見学するためのチケットはここで買うことになります。
料金は、中学生以上が300円、小学生以下または障がい者の方は無料です。介助の方は1人までは無料になっています。
ミュージアムの中には、以前に灯台で使われていた備品が展示されています。大きな投光器などの実物が見学出来るんです。
それにちょっとしたお土産を買うこともできますよ。
私はストラップの付いているちっちゃいクリスタルの中に灯台が描かれているアクセサリーを買ってみました。
今は車のカギにつり下げてあります(*^^*)

塩屋崎灯台ミュージアムと塩屋崎灯台
東日本大震災のこと
2011年に発生した東日本大震災の揺れと津波によって、塩屋崎灯台も大きな被害を受けました。
灯台が建てられている断崖の海側は地震の揺れで大きく崩れ、灯台の敷地ギリギリのところまで切り立ったガケが迫りました。

法面(のりめん)が大きく崩れた断崖
これは当時、灯台を遠目でみてもはっきりと分かりました。あぶないっ!ていう感じです。
観光客が参観するための石段は一部が崩れ、灯台の敷地内の道もヒビ割れて、まともに歩けない状態になっていたそうです。
明治32年(1899年)に最初の明かりがともって以来、これほどの被害を受けたことはおそらくなかったでしょうね。
しばらくの間は復旧工事のために参観はできなくなっていたのですが、2014年2月22日、3年ぶりに参観が再開されました!
今、塩屋崎灯台は、日が沈むとライトアップされてとってもキレイなんですよ。
名作映画にも名の残る灯台なんです
日本映画「喜びも悲しみも幾歳月」って知っていますか?
といっても今から70年くらい前、1957年に公開された映画ですから、知っているほうが不思議かもしれません。
もしあなたが知っているとしたら、きっとよほどの映画通なのでしょうね。
この映画は、当時、塩屋崎灯台で灯台守をしていた灯台長の奥さんの手記をもとにして、松竹映画で作られたのだそうです。
灯台守の仕事って、1つの灯台にズッといるのではなく、日本各地にある灯台を転々とするのだそうですよ。
この映画も、主人公の灯台守さんは25年の間、あちこちの灯台で仕事をしています。
そして、そこで起こった大変な出来事にけんめいに対処する姿が描かれているんです。
公開された当時はとても話題になり、主題歌もヒット。そのうえテレビドラマにもなったそうですよ。
「♪ おーいらみーさーきのー、灯台もーりーはー、」と歌が始まるのですが、たしかに私も聞いた記憶があるのですよね。
もしかすると、懐かしの昭和の歌を紹介するような歌番組とかで聞いたのかもしれません。
ちなみに、主人公の灯台長・有沢四郎は佐田啓二さんが、その奥さんの有沢きよ子は高峰秀子さんが演じられていました。

ホントにすごかったぁ


じゃあ次は、薄磯海岸ね!
【薄磯海岸】
薄磯海水浴場は、いつもあなたを待っています
薄磯海岸は塩屋崎灯台の北側に位置する海岸です。
夏になると海開きが行われて、県内・県外から毎年たくさんの海水浴客が訪れていました。
私も夏になると薄磯海水浴場へ行くのが楽しみで、何度も泳いだことがあります。
そう、2011年3月11日の、あの東日本大震災までは・・・・・・。
震災後、海岸の復旧工事も完了し、2017年の夏には7年ぶりに海開きも行われました。
しかし2021年の夏になっても、まだ以前のにぎわいは取り戻せていません。

シーズンオフの薄磯海水浴場 遠くに塩屋崎灯台
でも薄磯海水浴場は、いつでもあなたを待っています。
遠浅の浜辺は泳ぐにもとてもやさしいですし、白くてサラサラした砂の浜辺は裸足で歩くととってもいい感じなんです。
なにしろ“日本の渚百選”に選ばれていたくらいですから。
近くには宿泊施設の整った民宿も営業していますので、ぜひ泊りがけで遊びに行きましょう。
気持ちがリフレッシュできますよ。
※追記 2023年の薄磯海水浴場
2023年の夏には、少しずつ海水浴客も増えてきています。震災以前に比べればまだまだですが、薄磯海水浴場は、着実に生き返りつつありますよ♫

薄磯海水浴場の監視台です

海の家で憩う人々

奥に塩屋埼灯台が見えます

鯉のぼりならぬ、「カツオのぼり」なのです
美空ひばり「みだれ髪」の歌碑はメロディーをかなでます
薄磯海岸の南のはずれには塩屋崎灯台への石段の登り口があります。
そのすぐ横に、美空ひばりが塩屋崎を歌った「みだれ髪」の歌碑がつくられているんです。
歌碑に近寄るとセンサーが反応して「みだれ髪」のメロディーが流れ始めます。
そのことを知らない人にはまさにドッキリですよ。

美空ひばり「みだれ髪」歌碑 右端は美空ひばりの写真です
この歌碑の前で記念撮影する観光客も多いです。
歌碑のすぐ後ろの断崖の上には塩屋崎灯台が建っていますので、構図を工夫すればあなたと歌碑と灯台を一緒に写すこともできますよ。

美空ひばりの歌碑には驚いたぁ
歌が流れるのことを言ってなかったものね。


釣り人の集まる釣り場もあります
私はあまり釣りには詳しくないのですが、薄磯海岸へ行くと必ず何人もの釣り人を見かけます。
海に入って釣りをしていたり、沖に突き出している堤防の上から釣り竿をたらしたりしていますね。
特に灯台の建っている断崖の波打ちぎわあたりに釣り人を見かける事が多いです。

海釣りをする人 見ずらいですが堤防の先と写真右奥にも釣り人がいます
ですので、薄磯海岸ではどんな魚が釣れるのか、ちょっと調べて見ました。
- 投げ釣りの場合
投げ釣りとは、オモリやエサの付いた仕掛けを陸から沖に向けて思い切り飛ばし、ターゲットを狙う釣りの方法です。
薄磯海岸ではこの釣り方で、冬から春にかけてはカレイ、夏から秋にかけてはイシモチが釣れるそうですよ。
- ウキ釣りの場合
ウキ釣りとは、ウキを浮かべて魚を狙う釣り方です。つまり普通の人が釣りといわれると思い浮かべる方法ですね。
この釣り方では、薄磯海岸ではクロダイやウミタナゴが釣れるそうですよ。
- 探り釣りの場合
探り釣りとは、魚のいる場所を探りながら釣り歩く方法なのだそうです。私が見かけた海の中に入って釣っていた人は、おそらくこの探り釣りをしていた釣り人でしょう。
この釣り方では、薄磯海岸ではソイやメバルが釣れるそうです。
- ルアーフィッシングの場合
ルアーフィッシングとは、生きたエサを使わずに疑似餌(ルアー)を使って釣りをする方法だそうです。
この釣り方では、薄磯海岸ではシーバスが釣れるそうですよ。
生きたエサを使わないなら、私にもできそうです(*´∀`*)
水子(みずこ)の霊を供養する「賽の河原(さいのかわら)」が移転しました
“水子”とはお母さんのおなかの中にいるうちに何らかの原因で亡くなってしまい、生まれてくることが出来なかった子供たちのことです。
震災が起こるまでは、薄磯海岸の北のはずれには水子の霊を供養するための“賽の河原”が、崖をくり抜いた洞窟の中につくられていました。
洞窟の入り口近くには案内の石碑が立っています。

洞窟の入り口近くの石碑
その洞窟の中の両側の壁には、30センチほどの背丈の仏様が数え切れないほどビッシリとまつられていて、通路には重ねられた石でできた塔が、これも数え切れないほど置かれていました。
私も以前、お参りするために洞窟の中に入ったことがあるのです。
とても怖くて、でも、とても神聖な空気が満ちていたことを覚えています。
その洞窟は海側までくり抜かれていて、洞窟を抜けた先には真っ白な砂浜が広がり、崖を振り返ると崖肌に何体もの仏様やお地蔵様が鎮座していました。
でも洞窟が海側までつながっていたため、震災のときには押し寄せた津波の影響をモロに受けてしまいました。
洞窟内は、入りこんだ海水でメチャクチャになり、海水に運ばれた砂によって、中はほとんど埋め尽くされたんです。
その時の写真を新聞で見たときは、あまりの惨状に涙が出てきたほどです。
現在、洞窟の中にまつられていた仏さまは、洞窟のあった崖の上にキレイに並んで鎮座しています。
崖の上は整地され、水子の霊の新しい居場所になっているのです。

新しい居場所を得られた仏様
私もあらためてお参りして来ました。
海が一望できる素晴らしい景観なので霊たちも喜んでいるのではないかと思います。
無事に移転できて、ほんとうに良かったです。

移転場所からの眺め

ホントに良かったね。
大切な場所だものね。

周辺の宿泊施設を紹介します
薄磯海岸の周囲には宿泊できる民宿やホテルもありますので、ゆっくりと観光を楽しむこともできますよ。
近くにある宿泊施設を紹介しますね。
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民宿鈴亀(すずかめ)
長年地元に人に愛されてきた、とても知られている民宿さんです。
震災のときは津波の浸水で営業が出来なくなりましたが、2011年の10月には営業を再開しています。
ご主人の努力のたまものです。
旬を大切にした地元の海鮮料理を得意としていますので、ぜひ一度味わってみてください。
現在、薄磯海水浴場に一軒だけ出店している海の家は、この鈴亀さんのところで営業しています。
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玉屋(たまや)
玉家さんはペットとの宿泊ができる民宿さんです。ただ事前の連絡が必要ですので、忘れないでくださいね。
お風呂はブラックシリカを使った大浴場です。ブラックシリカは遠赤外線効果のある天然の鉱石で、岩盤浴に使われることが多いです。
美容に効果が高いそうですので、期待できますね。
大広間にはカラオケ設備が完備されているそうですよ。
観光で疲れたからだを大浴場でゆっくりとほぐし、そのあとほろ酔い気分でお気に入りの歌を歌うなんて、最高です。
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ホテル塩屋崎
ホテル塩屋崎さんは、簡素であるにもかかわらず、趣のある和室が特徴のホテルです。
たくさんの魚介類を使った舟盛りや会席料理などを、お部屋で食べることができるんです。
人目を気にせずに内輪で宴会をしたいときなどに、とてもよいと思いますよ。
お風呂は、展望風呂とヒノキの露天風呂が用意されていて、とてもゆったりできます。
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ゲストハウスF&R
ドミトリー(相部屋タイプ)と個室が用意されていて、キッチンは共用という、ユースホステル風な民宿さんです。
空いているときはドミトリーも個室になるそうですよ。
ペットと一緒に宿泊することができるのもうれしい点です。
貸自転車も用意されているので、周辺の散策にはもってこいですね。

泊りがけで来てみる?


東日本大震災の記憶
薄磯海岸は、2011年の津波により大きな被害を受けました。
襲ってきた津波の波高は8.5メートルにもなり、堤防をこえた津波は海岸線沿いに建てられていた住宅や店舗を根こそぎ奪ってしまったのです。
犠牲者の数は薄磯地区だけで122名にもなります。
薄磯地区は今、亡くなった人たちを丁寧に弔いながら、復興への道を確実に歩んでいます。
二度とこのような悲劇を生まないために記念碑や施設をつくり、人々に震災の教訓を語り続けています。
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弁天川水門の完成
薄磯海岸の北のはずれに位置し、福島県初の津波高潮対策水門として2017年に完成しました。
高さは15.7メートルもあります。

弁天川水門
今度また災害が襲って来たときに水門を閉めに行く人が犠牲ならないよう、遠隔操作ができるようにつくられています。
心強い味方ですね。
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薄磯海水浴場の再開
日本の渚百選にも選ばれていた美しい海水浴場は、震災による津波被害の復旧工事でしばらくの間は泳ぐことはできなくなりました。
復旧工事完了後、2017年7月15日に7年ぶりにやっと海開きを実施することが出来たんです。
浜辺には、季節になると民宿鈴亀が営業する海の家が建てられます。
復旧工事が完了したあと、震災前には観光客相手のお店などが並んでいた海岸線は駐車場に姿を変えました。
海岸線を走る道路も広くなり、観光バスも余裕ですれ違えます。
その道路の向こうにはかさ上げされた土地の上に公園がつくられて、防風林の苗が植林されているんです。

新たにつくられた駐車場 その向こうにはかさ上げされた公園
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記憶石に思う願い
塩屋崎灯台の登り口近くで営業する食堂兼お土産屋さんの「山六観光」さんの敷地には、“記憶石”という名の石碑がまつられています。
2019年に建てられたこの石碑には、灯台の上で笑顔で手をふるたくさんの子供たちが描かれたイラストがはめ込まれているんです。

記憶石のイラスト
この、見るものみんなを幸せにしてしまうようなイラストは、津波で犠牲になった小学生・鈴木姫花ちゃんが描いたものです。
デザイナーを夢見ていた姫花ちゃん。どうぞ安らかにお眠りください。
このイラストがプリントされたハンカチが、山六観光さんで1枚800円で売られています。
収益はすべて震災義援金にあてられるそうです。
私も1枚買いました。機会があったら買ってみてくださいね。

記憶石の全景
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いわき震災伝承みらい館
2020年5月30日、地元からも注目を集めていた“いわき震災伝承みらい館”がオープンしました。
建てられた目的は、「震災の記憶や教訓を風化させずに、確実に後世へと伝えていくこと」です。

いわき震災伝承みらい館 正面入り口
館内では、パネル展示や動画展示のほかに、VR(バーチャルリアリティ)を体験することもできるようになっています。
ただ残念なことに、VR体験は13歳未満の方は使用できませんので注意してくださいね。
ほかには被災した方の体験談などを聞くことのできる多目的学習室もあります。
また、津波被害を受けた旧いわき市立豊間中学校で実際に使われていた黒板や机なども展示されています。
黒板は地震が起きる直前まで使われていたもので、チョークで書かれている内容を見ていたら泣きそうになりました。
イベントとして、「語り部講話コース」も用意されています。
これは実際に被災地を訪れながら、被災当時やその後の復興の様子などを聞いていくイベントです。
「薄磯(うすいそ)/豊間(とよま)地区」と「久之浜(ひさのはま)地区」があり、それぞれ1時間ほどかけてバスでまわるのです。

みんな頑張ってる!
負けるわけにいかないもの。


ミテも応援するね!
あとがき
まだ震災の傷跡が色濃く残っている場所もある薄磯海岸と、そこにそびえる白亜の塩屋崎灯台を紹介してみました。
震災の悲しみを乗りこえるまでには、まだまだ長い月日が必要なのだと思います。
でも希望を探すことをあきらめずに、強くふんばることが大切だと感じました。
私も、ちょっと気持ちがクサクサしたくらいで弱音を吐くわけにはいかないという気持ちになりました。
明日という日を、希望を持って迎えることができるように頑張りましょう!
また暑い夏がやって来ます。
今度の夏は冷たいジュースでほてった頬(ほお)を冷やしながら、青い海と白い入道雲を薄磯海岸の海の家でゆっくりとながめてみたいと思っています。